平成23年5月20日
                 「富士モデル事業」
                                   
                                     (一社)富士市薬剤師会
                                 「富士モデル事業」うつ自殺対策室
                                     室長  廣中義樹
◆沿革
 平成10年を境に不況などの影響で国内の自殺者が急増、3万人を超えた。20才~40才前半の
死因は病気やけがではなく「自殺」が1位になっている。現在も自殺者が減る様子は無く、先進国の
中ではトップクラスの自殺率である。こうした中、平成17年7月に厚生労働委員会で自殺対策決議が
採択され、同年12月政府総合対策会議が開かれた。そして、平成18年10月28日に自殺対策
基本法が施行され、内閣府自殺対策推進室が設置された。
(参考;内閣府自殺対策http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/index.html )
 
 法整備が進む中、労働人口の多い富士市は自殺対策のモデル地区として選ばれ、静岡県精神
保健福祉センター主導で「富士モデル事業」が開始された。本事業は、うつ病の早期発見・早期
治療を目的とした「睡眠キャンペーン」と、対象者をかかりつけ医から専門医につなぐ「紹介システム」を
2本柱として進められた。富士市薬剤師会は平成19年10月から当モデル事業に参加している。
(参考;静岡県HP http://www.pref.shizuoka.jp/kousei/ko-810/seishin/index.html )

廣中義樹


◆参加の経緯
 当初モデル事業のなかで薬局・薬剤師にできる事は限られていると思われていた。医師とは
異なり患者さんに積極的なアプローチをするのは難しく、店内にポスターを貼る程度の協力しか
できないようにも思われた。しかし事業の内容を知るにつれ、職能を生かし、他の職業の人には
できない協力の方法があるのではないかと考えるようになった。
 薬剤師は患者さんに直接触れ診察する事はできないが、睡眠薬(睡眠導入剤)に関して
服薬指導する機会は多く、また不眠や食欲不振など「うつ病」の象徴的な症状の相談にのる
機会も珍しくない。もともと「よろず健康相談所」的な役目を果たしてきた街の薬局が、今回の
事業の役に立てる可能性は大きいと直感した。特に薬剤服用歴を活用した情報の収集・集積に
より、うつ病の初期症状の発見や、市販の睡眠導入剤に頼る患者へのアドバイスなど、薬剤師
だからこそできる施策もたくさんある。

 そこで富士市薬剤師会は市内の全薬局に事業への積極参加を呼びかけ、説明会と勉強会を
実施した。ほとんどの薬局が呼びかけに応じ、順調なスタートとなった。参加を表明した薬局には
店内にポスターを貼り、リーフレットをおいてもらった。そして指導内容や指導契機について毎月
報告書を提出してもらうようにお願いした。


◆対象者選別チャート
 薬剤師は薬の専門家ではあるが、病理に関しては知識が浅く、今回のような自殺に結びつく
ようなうつ症状の話になると、薬剤師全員が十分な知識があるとはいえない。特に受診勧奨が
行き過ぎたものになり、患者を「うつ」と断定する「診断行為」ととられる危惧もある。そのため
会員に下記のようなチャートで対象者を示し、そういった危惧を払拭するように努めてもらっている。
また、うつ病に関する勉強会も継続し、医学的な知識の習得に努めてもらっている。
 さて、チャートをよく見てもらうと、薬剤師が行なっている通常業務から逸脱した部分は全く
ない事が分かって頂けると思う。疑義紹介や医師への服薬情報提供など、毎日あたりまえの
ように行なっている業務が「うつ自殺対策」に直結しているのである。

モデル事業 

  

◆お薬手帳
 薬局で利用されているモデル事業用のアイテムは、カレンダー、リーフレット、ポスター、
お薬手帳などだが、特に「お薬手帳」は他の職種には見られないアイテムである。これは高齢者の
健康手帳などと合わせ、個人の薬の服用歴が記載された貴重な情報源であるため、無為に
捨てられることなく患者の手元にとどまる。本事業では1万5千部の手帳が配布されたが、
富士市の世帯数が約9万7千(平成22年6月現在)である事を考えると、啓発効果は十分
あったと考えられる。
(お薬の手帳は、通常の広告や宣伝は入れる事ができないが、今回の事業は公共性が
高いと判断され法的な問題はクリアーされている。)

お薬手帳



◆実績(平成19年10月?平成22年3月)
 薬局からの報告は、当初の予想を遥かに上回る数が集まった。かかりつけの患者さんは、
いったん対象者から除外されると以降は集計に上がってこないため、対象者数は急激に減る
ものと考えていた。しかし3年目を迎えた現在においても予想以上の件数が上がってきている。
 指導内容はやはり市販の睡眠薬に関するものが多いが、処方による睡眠薬に関しても指導が
続いている事にも注目したい。またポスターを注視(見つめている)する人に対し、こちらから
「声かけ」を行ない指導に至った例も少なくない。受診勧奨によって、かかりつけ医(一般医)を
受診した患者さんや、専門医を受診した患者さんも少なからず報告されている。
回答薬局数

  年 度

項 目

19年度
 (5か月分)

20年度

21年度

回答薬局数

76件

61件

59件

延べ回答件数

338件

462件

377件

リーフレット配架薬局数:87件

  リーフレット配布状況

     年  度

項  目

19年度
(5か月分)

20年度

21年度

配布リーフレット総数

319

184枚

139枚

リーフレット配布薬局数

50件

23件

20件

1薬局あたり配布枚数

6枚

8枚

7枚

   指導実績

     年  度

項  目

19年度
(5か月分)

20年度

21年度

指導総数

223件

132件

95件

指導実施薬局数(*)

42件

21件

15件

1薬局あたり指導数

5.3件

6.3件

6.3件



 指導実績内訳
  ①性別

  年度
性別

19年度
(5か月分)

20年度

21年度

人数

割合

人数

割合

人数

割合

男 性

120人

53.8%

78人

59.1%

58人

61.1%

女 性

103人

46.2%

54人

40.9%

37人

38.9%

合 計

223人

100.0%

132人

100.0%

95人

100.0%

 ②指導の契機(複数回答)

     年 度

契 機

19年
(5か月分)

20年度

21年度

人数

割合

人数

割合

人数

割合

市販睡眠薬

74人

33.2%

78人

59.1%

63人

45.3%

処方睡眠薬

22人

9.9%

11人

8.3%

12人

8.6%

資料注視

36人

16.1%

16人

12.1%

13人

9.4%

自発的相談

25人

11.2%

7人

5.3%

9人

6.5%

内科的疾患薬の長期内服

 

 

7人

5.3%

4人

2.9%

他精神科薬

4人

1.8%

 

 

その他

75人

33.6%

21人

15.9%

2人

1.4%

 
③指導内容(複数回答)

       年 度

指導内容

19年
(5か月分)

20年度

21年度

人数

割合

人数

割合

人数

割合

リーフレット渡し

153人

68.6%

87人

65.9%

81人

58.3%

リーフレット説明

74人

33.2%

 

 

 

 

不眠とうつ説明

 

 

14人

10.6%

16人

11.5%

受診勧奨

27人

12.1%

24人

18.2%

11人

7.9%

神経伝達物質説明

11人

4.9%

2人

1.5%

0人

0%

相談勧奨

26人

11.7%

13人

9.8%

19人

13.7%

不明

12人

5.4%

22人

16.7%

3人

2.16%

④症状の有無

    年度

症状有無

19年度
(5か月分)

20年度

21年度

人数

割合

人数

割合

人数

割合

あ り

39人

17.5%

12人

9.1%

8人

8.4%

な し

184人

82.5%

120人

90.9%

87人

91.6%

合 計

223人

100%

132人

100.0%

95人

100.0%

 ⑤患者の受診状況(患者から報告があった事例)

  年 度 

対処方法

19年度
(5か月分)

20年度

21年度

人数

割合

人数

割合

人数

割合

一般科受診

13人

5.8%

12人

9.1%

7人

7.4%

産業医受診

0人

0.0%

0人

0.0%

0人

0.0%

精神科受診

8人

3.6%

9人

6.8%

5人

5.3%

相談機関

3人

1.3%

1人

0.8%

0人

0.0%

表明なし

199人

89.2%

110人

83.3%

83人

87.7%

合計

223

100.0%

132人

100

95人

100.0%




◆今後の展望
 うつ病の早期発見によって自殺を予防する事業が「富士モデル事業」だが、不眠を改善する
事により、うつ病自体が軽快する逆の症例も報告されるようになった。そればかりではなく、
不眠の改善により成人病も改善されるという症例さえ出てきている(久留米大学、内村ら)。
 前述したように、もともと薬局は街のよろず健康相談所であり、薬剤師は気軽に話しかけられる
もっとも身近な医療従事者である。不眠から気付くうつ病の早期発見に、これほど向いている職業が
あるであろうか。また多くの薬剤師が、薬学リーダーや学校薬剤師など医療以外の様々な職種と
クロスオーバーした業務もこなしている。他業種の人々に「睡眠キャンペーン」を啓蒙していくにも、
薬剤師は十分役に立てると信じている。



             

参考資料

富士モデル事業が取り上げられた事例(薬局の働きが紹介されているもの)。
○掲載誌
 ステップアップ薬剤師 精神科薬物治療の支援 平成25年9月25日発行 じほう
 うつ病パーフェクトガイド 調剤と情報 2013.9 9月臨時増刊号 じほう
 武田薬品工業株式会社Pharma-Lead plus Vol9平成23年6月
 アルフレッサ「Fresh Leaf」winter2012年Vol.4No.1
 日経新聞 平成22年8月8日朝刊、平成21年6月30日夕刊
 DURG magazine 2010/7月号巻頭
 日本ベリンガーインゲルハイムSSP 2010/5月号
 日経DI 2008/3月号
 月刊保険診療2009 /4月号
 公衆衛生情報2008/vol38 3月号
 レフル(明治製菓)2009/2号
 Japan Medicine 1455,1428号
 調剤と情報(じほう) 2008/vol14
 読売新聞「薬剤師会も自殺予防」2007年10月7日
 朝日新聞「薬剤師会参加協力」2007年10月13日
 静岡新聞「自殺予防薬剤師が協力」 2007年10月13日

○テレビ報道
 ・NHKたっぷり静岡「ゲートキーパーで自殺予防」平成23年9月14日
 ・NHKホットモーニング「命みんなで守る」②
   地域力でSTOP!自殺、平成21年12月2日放送
 ・日本医師会テレビ健康講座「心の健康イエローカード!
   疲れているのに練れないお父さんへ」TBS系列、平成21年2月11
 ・スキッと!静岡「うつ・自殺予防対策」、静岡第一テレビ、平成21年2月19日放送
 ・福祉ネットワーク、緊急シリーズ自殺と向き合う、NHK教育、平成21年3月31日放送
 ・生活ほっとモーニング「命 つなぎとめたい?自殺者3万人何が必要か?」
   NHK総合、平成21年4月15日
 ・ゆうどきネットワーク「?うつ病による自殺をどう防ぐ?」NHK総合、平成21年4月30日
 ・内閣府広報番組「ご存知ですか」自殺予防週間?富士市の取り組み 
  日本テレビ系列平成21年9月10日
 ・日テレG+ 医療ルネッサンス 睡眠障害平成21年9月 


○講演実施先
・福岡県薬剤師会 2014年2月8日、3月8日福岡県保健医療介護部健康増進課
            「自殺予防対策での薬剤師の役割」
・兵庫県御尼崎市 2013年3月16日尼崎薬剤師会・保健所共催
            「うつ自殺対策での薬剤師の役割」
・静岡県薬剤師会 2013年2月24日「ゲートキーパーとしての対応事例」
・山梨県薬剤師会 2012年12月12日「ゲートキーパーとしての薬剤師の役割」
・宮城県薬剤師会 2012年2月9日宮城県仙南地域医療対策・角田丸森支部委員会研修会
・福井県薬剤師会 2012年8月7日「うつ自殺対策での薬剤師の役割」
・日本薬剤師学術大会(浜松) 2012年10月7~8日パネリスト
・第74回九州山口学術大会2012年9月17日 シンポジスト
・大分県佐伯氏薬剤師会、大分南部保健所共催 2012年8月7日
・静岡県(東、中、西部)でメンタルヘルスサポーター研修を実施2011年9月〜10月
           滋賀医科大学 大川匡子教授、久留米大学 内村直尚教授ら
・静岡県御殿場薬剤師会 2011年11月16日
・三重県東海学術大会 2011年11月27日パネラーとして参加
・山口県薬剤師会 山口グランドホテル 2011年9月11日
   (山口県立こころの医療センター病院長 兼行浩史先生ら)
・長野県薬剤師会 医薬品総合研究所 2011年年8月7日
  (長野県精神保健福祉センター所長 小泉典章先生ら)
・兵庫県加古川商工会議所平成2011年8月21日
  (兵庫県薬剤師会キャラバン隊参加、神戸いのちの電話 鈴木博和ら
・兵庫県神戸市読売ホール2011年9月4日(同上)
・兵庫県豊岡市市民プラザ2011年9月11日(同上)
・兵庫県淡路緑公民館2011年10月2日(同上)
・兵庫県姫路市じばさんビル2011年10月23日(同上)
・愛知県半田市保健所 うつ自殺対策「富士モデル事業の実践」2010年11月27日
・滋賀県薬剤会うつ自殺防止研修会 草津市立交流プラザにて2010年10月24日
・福岡県筑後地区薬剤師会研修会、久留米大学教授 内村直先生、
      静岡県精神保健福祉センター所長松本晃明先生他参加2010年10月15日
・静岡県(東、中、西部)でメンタルヘルスサポーター研修を実施2010年5月〜12月
・静岡県沼津市薬剤師会2010年6月  
・愛知県薬剤会 (行政参加、同時講演・淑徳大学教授 太田龍朗先生)2009年11月
・東京都 町田薬学フォーラム (町田市薬剤師会、病院薬剤師会参加)2009年11月
・日本薬剤師会学術大会(滋賀県) 2009年10月
・静岡県自殺対策シンポジウムin静岡(副知事、久留米大学内村教授ら)2009年9月
・静岡県富士市学校保険会養護教員研修会2009年3月
・愛知県衣浦保健所管轄 (西三河地区の薬剤師会・行政参加)2009年8月
・沖縄県北部薬剤師会(沖縄県薬剤師会理事・行政参加)2009年7月
・東海学術大会(愛知県) 2008年12月
○視察団受け入れ
 岐阜県・いのちのサポートひだ理事会員 、埼玉県上尾市・平塚市保健センター職員 

○その他
・厚生労働大臣 小宮山洋子氏に状況説明と陳情 2011年12月15日
・衆議院議員 斉藤進氏に状況説明と陳情2011年12月10日
・内閣ホームページ自殺対策白書に「薬局での受信勧奨」として掲載中
 http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/whitepaper/w-2008/html/honpen/jirei/jirei05.html
 内閣府作製うつ自殺予防対策DVDに薬剤師の働き収録


リンク集
富士市自殺対策
厚生労働省自殺対策

令和5年8月21日改定